2026/09/1
「仕事で適応障害になり、気分の落ち込みが続いています」
「せっかく希望していた会社に入れたのに、働けない自分が情けない」
「何とか以前の自分に戻りたいです」
そう話したAさんは、20代の会社員でした。
希望していた企業に就職し、社会人としてようやく自分の人生を歩き始めたはずでした。
ところが入社後しばらくして心身の調子を崩し、医療機関を受診。適応障害と診断され、休業することになりました。
今回は、複数の相談事例をもとに十分に加工・統合した架空事例をご紹介します。
Aさんの家庭には、病気や障害のため日常生活に支援を必要とする家族がいました。
10代の頃から、家事をする。
家族の身の回りの世話をする。
病院への付き添いや家族間の調整をする。
学校から帰れば、Aさんには「家庭での仕事」が待っていました。
友人から遊びに誘われても断ることが少なくありませんでした。
しかしAさん自身は、それを特別なことだとは思っていませんでした。
「家族なのだから、自分がやるのは当然」
そう考えていたのです。
高校卒業後、Aさんは進学を希望しました。
しかし家庭に金銭的な余裕がありません。
奨学金を利用し、アルバイトを続けながら学校へ通いました。
授業、課題、アルバイト、そして家庭のこと。
毎日は忙しく、
「疲れたな」
と思っても、
「自分より大変な人が家にいる」
と気持ちを抑えていました。
それでも努力を続け、卒業後は希望していた企業・職種への就職を果たしました。
Aさんにとってそれは、
「自分の道を歩める」と感じる、大きな出来事でした。
社会人になると、これまでとは違う負荷が加わります。
複数の仕事を同時に進める。
上司や先輩の期待を読み取る。
分からないことを自分から質問する。
失敗したときには気持ちを切り替える。
Aさんは周囲から頼まれると、どんな仕事でも、
「大丈夫です」
と引き受けました。
本当は分からなくても質問できません。
「自分で解決すべき」「役に立たなければいけない」
という気持ちが強かったからです。
残業が増え、家に帰っても仕事のことを考えるようになりました。
朝起きると涙が出る。電車に乗ることが怖い。
休日も何もする気になれない。
それでも、
「こんなことで休むなんて弱い」
と出勤を続けました。
やがて限界を迎え、医療機関の助言もあって仕事を休むことになりました。
Aさんがカウンセリングを始めた当初は、
「早く元気になって復職したい」
ということが最大の目標でした。
ところが面接を重ねていくと、一つの特徴が見えてきました。
Aさんは子どもの頃から、
自分がつらくても、まず他人を優先する
という生き方を続けていたのです。
困っている人がいれば助ける。
頼まれれば断らない。
自分が我慢すれば、その場がうまくいく。
家庭では、それが生活を支える力になっていました。
職場でも同じ方法を続けるのは、きりがなく、無理があることですが
「今日は余裕がありません」
「手を貸してください」
と言うことができません。
カウンセリングの中でAさんは、
「自分の気持ちを聞かれても、何を感じているのか分からないことがあります」
と話しました。
長い間、家族の気持ちや都合を優先してきたため、自分自身の思いや心身の状態を感じ取ることが後回しになっていたのです。
カウンセリングでは、生活歴、家族関係、仕事で困る場面などを丁寧に振り返り、必要に応じて心理検査や質問紙などの心理アセスメントも活用しました。
目的は、病名を決めることではありません。
「どんな場面でストレスが高くなりやすいのか」
「どのような考え方をしやすいのか」
「自分にはどんな強みがあるのか」
を整理するためです。
Aさんには、責任感、粘り強さ、人の気持ちへの敏感さという大きな強みがありました。
一方、その強みが行き過ぎると、
「全部自分で何とかしなければならない」
という負担にもなっていました。
Aさんは、
「自分が弱かったのではなく、ずっと頑張る方法しか知らなかったのかもしれません」
と話すようになりました。
休業中のカウンセリングでは、
といったことに取り組みました。
大切なのは、「つらいことにも負けず頑張る力」ではありません。
精神的な回復力(レジリエンス)には、休むこと、助けを求めること、環境を調整すること、そして自分自身をいたわることも含まれます。
Aさんにとっては、「さらに強くなる」ことより、「一人で頑張らなくてもよい生き方を覚えること」が回復につながりました。
体調が安定してからは、主治医や職場とも相談しながら復職について検討しました。
いきなり以前と同じ働き方に戻るのではなく、業務量や勤務時間を調整しながら、少しずつ仕事に慣れていきました。
職場では、
「全部引き受ける」
のではなく、
「今、二つ仕事を抱えています。どちらを優先すればよいですか」
と相談できるようになりました。
分からないことも、以前より早い段階で質問できるようになりました。
そして休日には、家族のことだけではなく、自分が好きだったことを少しずつ再開しました。
Aさんは後に、
「以前は、誰かの役に立っていないと不安な自分もいました。今は、自分の人生も大切にしていいと思えるようになりました」
と話しました。
家族を支えてきた経験そのものが、すべて悪いわけではありません。
思いやり、困難に耐える力、人の変化に気づく力など、
それらは、その人の大切な強みにもなります。
一方で、
「自分のことは後回しでいい」
「弱音を吐いてはいけない」
という考え方が残り、就職や結婚など新しい生活段階で、生きづらさとして表れることがあります。
成人して家を出たり就職したりしたからといって、長年の経験で身についた考え方や行動様式がすぐに変わるわけではありません。
だからこそ、若手社員の職場不適応を考えるときにも、現在の仕事面だけではなく、これまでどのように生きてきたのかを理解することが重要な場合があります。
苦労して進学し、奨学金を利用し、ようやく希望の仕事に就いた方ほど、
「絶対に辞められない」
「ここで失敗したら、今までの努力が全部無駄になる」
と思うことがあります。
しかし、休職することと、人生を諦めることは別のことです。
一度立ち止まり、自分自身の生き方を見つめ直すことが、その後長く働くための準備になることもあります。
ずっと誰かのために頑張ってきた方ほど、自分のために助けを求めることには勇気が必要です。
でも今度は、あなた自身が支えてもらう側になってもいいのです。
