さがみはらカウンセリングルーム

column

2026/09/3

「転職すれば楽になれると思っていた」 ―仕事と実家・夫婦関係に疲れた30代男性が、自分らしく生きていく―

「前の会社を辞めれば、きっと楽になれると思っていました」

「転職できたのに、なぜか気持ちが戻りません」

「妻との関係も良くないので、家にいても休めないんです」

そう話したAさんは、30代の会社員でした。

前職では長時間労働が続き、上司や先輩から強い言葉で叱責を受けることも少なくありませんでした。

より良い職場環境を求めて転職したものの、心身の不調は改善せず、医療機関を受診。

適応障害と抑うつ状態との診断で治療を受けながら、主治医の勧めもあり、カウンセリングを利用することになりました。

今回は、複数の相談内容を参考に、個人が特定されないよう十分に加工・統合した架空事例をご紹介します。

「もっと頑張れ」が当たり前だった前の職場

Aさんは大学卒業後から、真面目に仕事に取り組んできました。

30代になり、中堅社員として後輩を指導し、難しい仕事も任されるようになっていました。

一方、長時間の残業が常態化し、ミスをすると人前で厳しく叱責されました。

Aさんは、

「会社とはこういうものだ」

「自分がもっと仕事をできるようになればいい」

と耐えていました。

しかし、朝になると吐き気がする。

休日にも上司からの連絡が怖くてスマートフォンを何度も確認する。

夜中に仕事の場面を思い出して眠れない。

やがて、

「このままでは壊れてしまう」

と思い、転職を決意しました。

幸い、待遇や勤務条件の良い会社へ転職できました。

ところが、環境が変わってもAさんの緊張は取れませんでした。

新しい上司から確認や指摘をされただけでも、

「怒られる」と体が強張る。

仕事を頼まれると断れない。

必要以上に残業してしまう。

Aさんは、

「職場を変えたのに、どうして自分は変われないんだろう」

と自分を責めるようになりました。

家に帰っても「誰かの期待」に応え続ける

Aさんには家庭の問題もありました。

Aさんの両親は、子どもの頃から何かと世話を焼くタイプでした。

進学、就職、結婚後の生活まで、

「あなたのためだから」

と頻繁に意見を伝えてきます。

Aさん自身も、

「親には心配をかけたくない」

「ここまで育ててもらった恩がある」

という気持ちが強く、両親から頼まれると断ることができませんでした。

休日になると実家の用事を優先する。

母親からの電話には、食事中でも出る。

妻は次第に、

「あなたにとって、今の家族より実家が大事なの?」

と不満を募らせるようになりました。

Aさんには、その言葉が責められているように聞こえます。

「親を大切にすることの何が悪いんだ」

と言い返し、夫婦喧嘩になる。

一方、両親から妻について何か言われても、

「波風を立てたくない」と曖昧に受け流します。

結果的に妻は、

「私を守ってくれない」

と感じていました。

「職場」と「家庭」は別の問題ではなかった

カウンセリングを始めたAさんは、

「抑うつ状態を何とかしたい」と話していました。

医療機関での治療を継続してもらいながら、カウンセリングでは、職場での経験、夫婦関係、両親との関係、生育歴などを少しずつ振り返っていきました。

すると、一見別々に見えていた問題に、共通するパターンがあることが見えてきました。

Aさんは昔から、

「相手を怒らせないこと」
「期待に応えること」
「自分が我慢して、その場を収めること」

をとても大切にしていたのです。

両親には逆らわない。

上司から理不尽なことを言われても耐える。

仕事を頼まれれば引き受ける。

妻との対立も避けたい。

しかし、すべての人の期待に応えることはできません。

我慢を積み重ねた結果の不調でした。

Aさんは、

「自分には意見がないというより、自分がどうしたいのかを考えたことがなかったのかもしれません」

と話しました。

「親を大切にする」ことは「親に従い続ける」ことではない

カウンセリングでは、両親との関係についても丁寧に整理しました。

目的は、親を否定したり、関係を断ったりすることではありません。

Aさん自身が、

「親の希望」と「自分たち夫婦・家族の希望」

を区別して考えられるようになることでした。

例えば両親から休日の予定を頼まれたときにも、その場ですぐ承諾するのではなく、

「妻と予定を確認してから返事をする」ようにしました。

両親から家庭について意見を言われても、

「心配してくれてありがとう。でも、このことは夫婦で決めるよ」

と伝える練習もしました。

最初は強い罪悪感がありました。

しかしAさんは少しずつ、

「断ることは、親を否定することではない」

と理解できるようになっていきました。

妻にもカウンセリングに参加してもらう

Aさんの状態が少し落ち着いた段階で、本人の希望もあり、妻にも一緒に相談へ参加してもらう機会を設けました。

「病気になった夫を責めたいわけではない」

「でも、何をしてあげればいいのか分からない」

「励ませば負担になる気がするし、放っておくのは冷たいのではないか」

「これまで実家のことで我慢してきた自分の気持ちも分かってほしい」

妻にも、長い間積み重なった疲れがありました。

カウンセリングでは、どちらが正しいかという話をするのではなく、

「Aさんが調子を崩しているとき、どのような声かけが助けになるのか」

「妻自身にも無理な負担とならためにはどうしたらいいのか」

「実家との距離を夫婦でどのように考えるのか」

「夫婦それぞれが不満をため込む前にどう伝えるか」

といった具体的なことを整理しました。

Aさんにとっても、

「妻は自分を責めている」

と思っていた部分が、

「妻もどう支えていいか分からず困っていた」

と理解できたことは大きな変化でした。

「元の自分に戻る」のではなく、自分らしい働き方・生き方へ

Aさんは当初、

「早く以前のようにバリバリ働ける自分に戻りたい」

と考えていました。

しかしカウンセリングを重ねる中で、その「以前の自分」は、限界まで我慢し続けていたことにも気づきました。

そこで復職や今後の働き方についても、

「何でも引き受ける」のではなく、「今の業務量では難しいので、優先順位を相談したい」と伝えること。

緊張が高まったときには休息を取ること。

以前の職場での「指摘=否定」という受け止め方にも気づき、新しい職場で起きていることと過去の経験を切り分けること。

こうした取り組みを少しずつ続けていきました。

しばらくしてAさんは、

「今まで、会社でも実家でも、相手が望む自分になろうとしていた気がします」

と話しました。

そして、

「これからは、自分と妻と子どもがどう暮らしたいのかも、自分で考えていいんですよね」

と穏やかに語るようになりました。

環境を変えても「つらさ」が残ることがあります

強いストレスのある職場で不調になった後、転職したからといって、心がすぐに元通りになるとは限りません。

以前の職場で身についてしまった緊張や、

「失敗してはいけない」

「相手を怒らせてはいけない」

という考え方が、新しい環境でも続くことがあります。

そのようなときに、仕事上の生きづらさの背景を振り返ることで、長年の対人パターンに気づく場合があります。

これらは、親や家族を犯人にすることではありません。

これまで身につけてきた生き方を理解し、今の自分に必要な形へ少しずつ更新していくことが大切です。

「仕事の問題」も「夫婦の問題」も、一人で抱え込まないために

「転職したのに気持ちが回復しない」

「以前の職場で言われたことが今でも頭から離れない」

「親に期待されたら断れず、妻との関係が悪くなっている」

「休職中の夫・妻にどう接すればよいのか分からない」

こうした悩みも、カウンセリングで扱うことのできるテーマです。

医療機関で治療を受けている方については、主治医による治療を大切にしながら、カウンセリングを通して、自分自身の思いに気付くこと、ストレスへの対処力を高めること、夫婦・家族との関係を整えること、そして無理のない職場復帰に向けての準備など、今後の人生を考えていくための心理的なサポートを行っています。

また、ご本人の状態やご希望に応じて、パートナーと一緒に相談し、療養中の接し方や夫婦としてのコミュニケーションを考えていくこともできます。

「環境を変えたのだから、もう元気にならなければ」と焦る必要はありません。

これまで頑張り続けてきた自分自身を振り返り、そのうえで、「自分らしい人生」を送れるようになること。

そのためにカウンセリングを利用することも、一つの選択肢です。